先日、ばあばんの弟の法要(葬儀ではない)に参加しました。
法要という行事は、両親やばあばんのときによく知っている身内(近い親戚)を数人招いて自宅で何度も執り行いましたが(四十九日まで毎週など)、葬儀以外で他家の法要に出席するのは生まれて初めてのことでした。自宅で行ったものだけがぶんぶんの法要経験の全てです。
開催場所は自宅ではなく、葬儀を行った場所と同じ民間葬儀場でした。
法要というものは基本的に自宅で行うものだと思っていたぶんぶんは、想定外でした。身内を招いて自宅で行ったときは、全て普段着に近い黒っぽい服装でしたが、葬儀場を借りて行うのであれば、それなりの服装で出席するのか?数人の身内(近い親戚)だけなので、そこまで畏まらなくてもよいのか?迷いました。喪服以外に普段着ではない黒系の服なんて持っていない・・・。
経験がないことをするときは、迷うものです。さすがに喪服までは用意しなくてよいだろうと踏んだぶんぶんは、あるものをかき集め、普段着とは違う黒とグレーでまとめたそれなりの(つもりの)格好をして行きました。行ってみると喪服を着ていた人も数人ちらほら、年齢的なものもあるのでしょうが、一人飛び抜けて年の若いぶんぶんが最もラフな服装でした。
年齢を重ねていくと、こういった行事に参加する機会が増えてくる。それなりの服も少しずつそろえておいたほうが良いのかもしれない。
それにしても最近になって、団塊の世代が亡くなる周期が巡ってきているからなのか、そこら中に民間葬儀場が建設されています。葬儀といえば葬儀場を借りて行う。全国的にそれが定番になってきているというか葬儀場でやらないといけないような空気すら感じます。昔は近所が協力し合って自宅で行うものでした。子供の頃、お隣のおばちゃんが亡くなったときも、ぶんぶん家を葬儀の受付場にしてお隣さん宅で葬儀を行いました。
やはり葬儀となるといろいろと手間がかかりますし、交通手段も変化していますので、だんだんと合理的に行う世の流れになってきたのかもしれません。ぶんぶんの両親・ばあばんの葬儀も民間葬儀場で行いました。どうやって葬儀の準備をするのか知らないし、亡くなったらすぐに、ばあばんの弟(今回亡くなった人)が葬儀場に電話して予定を決めてしまうという流れでした。遺族であるぶんぶんが決める権利も時間もありませんでした。
今思えば、自宅でやろうと思えばできたはずなんです。霊というものが本当に存在するのであれば、自宅でやってあげたほうが良かったのかもしれません。残念ながら霊は生きている人間の心の中にしか存在できないので、遺族や参列者のために合理的に行える葬儀場という流れになっているのでしょう。
近所付き合いが希薄になってきている現在では、自宅で葬儀を行うことすら難しくなっているような気がします。
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