神戸市のJR三ノ宮駅前で車が暴走して5人の歩行者をはねる交通事故が起こりました。先日も大阪で類似の交通事故が報道されていましたね。
運転ミスなのか、急病なのか、故意なのか、薬なのか、原因は分かりませんが、歩いているだけで突然車が突っ込んでくるというのは、歩行者が常に警戒していないと防ぎようがありません。
私もさすがに歩行者専用道路を歩いているときは、警戒心は弱まりますが、横断歩道を渡るときは、右後方から来る左折車を意識しつつ、信号待ちで停止中の車にも警戒するようにしています。車が信号待ちで止まっていようが、停止中の車が突然突っ込んでくる可能性はゼロではないからです。
歩行者として赤信号で待っていても、車が突っ込んでくることはあるのです。そんな死のリスクのある場所(交差点周辺)で下を向いてスマホなんていじっている場合ではありません。
世間では「信号が赤になったら止まりなさい、青になったら手をあげて渡りましょう」のような、全ての人間が交通法規を忠実に守り、車が止まってくれる前提のマニュアル的なことしか子供に教えていない親御さんがいらっしゃいます。段階的で構わないので、横断歩道を渡る心構えとして子どもたちには細かいリスクまで教えてあげたほうが良いと思っています。
私が車で赤信号で止まろうとしている最中、まだ完全停止していないのに、車が止まることを前提(止まるものだという思い込み)で横からくる車を全く意識せずに横断歩道を渡っている人を見かけます。止まる確率が高いとはいえ、中には横から車が来ているのにスマートフォンを見ながら横断歩道を渡っている人すらいます。
そういう人を見かけたとき、一瞬「その人のための教訓として驚かせてやれ」という悪魔のささやきが心の中から聴こえることがあります。怖いですね・・・。世の中にはその悪魔のささやきを現実に実行してしまう人格障害の持ち主だっているかもしれないのです。
交通社会では、自動車を運転するときの「かもしれない運転」だけでなく、歩行者としても「かもしれない意識」のある無しが逃げるときの一瞬の判断に影響します。命は1つしかないのですからもっと大切にしてほしいです。
ドライバーとしての「かもしれない運転」だけでなく、歩行者としても「かもしれない意識」を心がけていただきたいものです。
さらに無防備な自転車での車道左側走行問題、車道を走る車両の中で最もスピードが遅いので飲酒運転車や居眠り運転車と遭遇する可能性が最も高いです。つまり車道で死ぬ確率が最も高いのが自転車です。自転車で車道を走っていれば、知らず知らずのうちに必ず飲酒運転車や居眠り運転車と遭遇して(追い抜かれまくって)いるはずです。後ろに目がついていないだけに自転車での車道走行は本当に恐いです。
この道交法だけは、未だに納得がいかない悪法だと思っています。遅い自転車が車道を走る危険性を理解しているからこそ、歩道を走る自転車を見かけても黙認している警察関係者も多いですね。強制的に自転車を車道に追いやるより自転車が歩道を走るマナー教育を強化した方が良いような気がします。
法案の段階で、車がビュンビュン走っている交通量の多い車道を自転車で走ることがどれだけ恐いか「恐いかもしれない」という想像力はなかったのでしょうか。法を作る側のほとんどが普段自転車に乗っておらず、送迎車やタクシーに乗っています。自転車に乗る立場の心境を想像することなく自転車が軽車両なので車両扱いするというようなお役所的発想で机上で作られた法律なのかもしれません。
同じ車両でも、バイクはヘルメットをかぶっています。自転車はあまりにも無防備すぎます。歩行者と同じ格好です。車のドアミラーが接触しただけでも骨折したり転倒してしまう人もいるでしょう。もし、道交法を守り車道左側走行中に車が突っ込んでくるとすれば、ほとんどが目に見えない後方からです。心の準備もないので受け身をとることもできません。車が突っ込んで来れば死ぬしかありません。
この悪法によって命を落とした人が何人いるのか想像するだけでゾッとします。
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