>>
192 >私も子供達にはどこでもちゃんと挨拶できるように
>教えていきたいと思います。
このスレッドの原文>>188から抜き出した文章です。
>(挨拶が)自然にできる事が人間性の現われだと思います。
このスレッド中の>>192から抜き出した文章です。
「挨拶を自然にできる」とは?
「どこでもちゃんと挨拶できるように教える」ことですか?
そもそも「ちゃんと挨拶できるように」と表現している時点で
自然な挨拶とはかけ離れます。
これは強制でもあり、義務的にさせることでもあると思いますが?
挨拶するようにうながしてさせるのは自然な挨拶ではありません。
挨拶に意味なんてないんですよ。ただの会話のきっかけにすぎないんです。
そこにさも大きな意味があるとでも言うかのように、
挨拶もできない人間は最低限のマナーも守れない人間だという
意味の分からないレッテルをはりつけるのは
大人としてしてはいけない行為です。
そしてどうして挨拶ができるかできないかで人間性を探ってしまうのか。
それはそれ以外にその人の人間性を見る判断材料がないからです。
つまり受け手側の感性のとぼしさを物語っているのです。
現代の子供たちに自然な挨拶を心がけてほしいのなら、
私たち大人がするべきことはたったひとつだけです。
自分が会う人会う人に挨拶をする。それを子供たちに見せることです。
教えるのではありません。
百回挨拶して返事がなかった相手にも百一回目の挨拶をする。
自分の挨拶が相手の反感を買おうとも、常に同じ挨拶をし続ける。
明るく元気な声で。顔で。
相手の出方や人柄をうかがってするのは本当の挨拶じゃない。
それは単なる偽善です。
相手が気に入らない態度を取ったから挨拶をやめてしまう。
それは投げやりで中途半端さしか残らない自己満足です。
>>192からもうひとつ抜き出します。
>そういう子供達は自然に挨拶してきますよね。
>だからこっちも気持ちよく挨拶を返してあげる事が出来ます。
違います。お分かりですね?自然に挨拶してこない子供にも
「自分から」挨拶をしてあげるのです。
例えその場で良い結果が得られなくてもいい。
根気強く続けることが大切です。
ひょっとして挨拶は子供たちからするもので
大人からするものじゃないと思っていらっしゃったりしないですよね?
それじゃあ会社のお偉いさんと大差はないです。
せっかくなので言葉遣いに関しても意見しますね。
(私に言う分には)タメ口、大いに結構。
私の人を見るときの判断基準は挨拶や敬語の有無ではないので。
また、私はそれをよりどころにせずとも
人を見抜くだけの目は持っているつもりなので。