頑固一徹さんへ
頑固一徹さんは、自分の自己満足の為にしてると書いてますが、それは悪い事でも無いですよ。
人は誰しも自分の為、自分の幸せの為を第一に考えて生きてるんだと思います
「情けは人の為にならず」ということわざがありますよね。意味を間違えて覚えてる人も多い言葉ですが、簡単に言えば、人に親切にすれば、親切にされた人はその行為に優しさを感じ、また別の人にも親切になれる。それが廻り回って自分に帰ってくると言う事ですよね。(例え下手でごめんね)
恋人を大切にするのも、家族を大事にするのも、勿論愛してると言う気持ちも大きいと思うけど、一番は自分の為の行為だと思う。
だからこそ、真剣に向き合えるんじゃないのかな?
前のレスの時に最後、質問を投げ掛けて終わったのは長くなると思い途中で止めたのですっきりしない感じでしたね。
だから今回はその続きを書きます。
あくまでも僕の私見なので、聞き流してもいいです。
いじめる人間を改心させる、それは容易な事では無いです。
それこそ個人の力で如何にか為るもんじゃないです。社会全体の問題です。
いじめっ子が10年後に、「ああ、俺も悪い事したな」って反省すればまだ御の字だけど、何事も無く普通に生活してる事でしょう。
でも、いじめられた人はその傷を引きずって生き、場合によっては、引き篭もりになるかも?そうなれば、前者は立派な社会人で、後者は社会悪と見なされる事になり兼ねないよね?
今、いじめられてる人が頑固一徹さんのお陰でいじめられなく為っても、学年が変わり、クラスが変われば、またいじめられるかも?
進学すれば?社会人に成り勤めた会社で?いじめられるかも?
一番大事なのは、いじめられる人が強くなれとは言わないが、少なくとも変わらなければいけないと思う。
勿論、それこそ格闘技を習うという方法のあるが、それも善し悪しだよね。
それより、自信の有る事、熱中出来る物を探す事も方法かも?
そこまで頑固一徹さんは付き合ってあげられるかい?
誰かを助けるという事は、かばうのじゃなく、支えてあげる事じゃないかな?